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[2302.09549] Polydispersity modifies relaxation mechanisms in glassy liquids

今日はこの論文がすごく良かった.

すごく良かったので前置きがめっちゃ長いです.

2016年くらいからのここ7年ほどの間,超低温までしっかり"平衡化"しながらannealしたガラスの性質がフランスの数グループを中心とした研究チームによって精力的になされてきた(ほぼ同じ記述がこの記事にあった...).

特に無限次元の平均場レプリカ液体論の予言が有限次元でどうなるかといった観点での研究が主流であった.

こうした理論が対象とする領域を調べるためにはいわゆるモード結合転移点(その名の通りモード結合理論が予言する転移点:自由エネルギー地形が複数のbasinに分かれる転移→熱力学的異常は出ないがdynamicsの観点ではエルゴード性が破れる)よりも結構低い温度に至ることが重要と期待されるが一般的な分子動力学計算やMonte Carlo法(あるいはそれらをとり洗練したレプリカ交換法など)では現実的な計算時間ではそういった温度領域に到達することはできなかった.

(ただ温度を下げるだけならもちろん可能だが,冒頭に書いたとおりしっかり"平衡化"しながら徐冷するにはかなり長い時間をかける必要がある.ここで平衡化とはaging効果が消失し時間並進対称性が獲得されるという程度の意味でガラス系特有のジャーゴン

 

Swap Monte Carloという手法がこうした問題を解決可能なことが2016年位にわかってから一気にこの手法が脚光を浴びた(手法自体はどうも結構前からあったらしい?).

この手法はその名の通りMonte Carlo法をベースにしているが,粒子位置の更新を試行的に行うだけでなく,たまに粒子種を取り替えようとする試行も行う.

いきなり粒子種の話が出てきたが,ガラスを作るためには結晶化を阻害する必要があるため複数の粒子を混合した系を扱うのが一般的である.

ガラス物理分野では特に大きさの異なる複数種類の粒子を混合した系を扱うのが一般的であり,特に2成分混合系が扱われることが多い(最も単純なので).

たとえば代表的な数理模型がニッケル-リン合金をモデル化したとされているKob-Andersen模型である.

Swap Monte Carlo法ではたまにこうした異種粒子の位置を入れ替える試行を行う.

「は?」という感じだが,これによってエネルギー地形上で遠く離れた場所のconfigurationも探索できるようになる利点が存在する.

さらにこの粒子種の取替試行の採択もメトロポリスルールに従うことでどんどん"平衡化"が進む方向に系が緩和していくらしい.

この一見へんてこなアルゴリズムは上述の理由で通常の動力学的観点ではエルゴード性が破れた状況ですらエネルギー地形上を高効率で探索することができることが経験的に知られている(理論的な研究もいくつか存在する).

しかしこの手法を一般的なガラス模型,例えば上述のKob-Andersen模型に適用してしまうとあまりの探索の高速さから系がたちまち結晶化してしまい,興味の対象である「超低温のガラス」の性質を調べることができないというジレンマに陥ってしまった(厳密には効率がめっちゃ良いからか,このアルゴリズムが結晶化を極端に好むのかははっきりはわかっていないはず).

 

そこで,このSwap Monte Carlo法を使ってガラス的性質を探索する論文では特殊な多成分系を用いることが一般的であった.

この特殊な多成分系はその名の通り様々な粒径の粒子で構成されているが,各粒径の出現確率が冪則に従う(各粒径の粒子が専有する体積が等しくなるように-1/3乗に設定されている)ように設計されている.

最大粒径比は2.219倍程度.たぶん.

このセットアップでは結晶化を阻害しながら超低温に至らしめることをフランスのグループが見出し,そのグループを中心にこの系を使って超低温のガラスの性質が色々調べられてきた.

 

ここからが本題だが,今日出たarXiv論文では「このSwap Monte Carlo法での研究の舞台となってきた多成分系は何か特殊な性質を持っちゃってない?」という問に切り込んでいる.

正直これはみんな結構心配していたはずで,たびたび「実はこんな性質を持っちゃっているんじゃないか」という話が話題にあがる.

この論文はこの多分散系において粒径の大きさごとに粒子をグループ分けし,各グループでの平均二乗変位を独立に測定した.

結果,超低温では大きい粒子は全然動かなくなり,小さい粒子のみが動くようになっていたらしい.

これがこの多分散系特有の性質かどうかを問うのはかなり難しい(たとえばKob-Andersen模型でも低温では粒子種ごとの拡散性に定量的な違いが現れはする:結晶化を避けて超低温に冷却できたら本研究のように定性的な違いになるのかもしれない?)が,こういう性質があるのか,というのは非常に面白い知見だった.

特に,ここでの描像は一部の粒子が(緩和が起こるまでは)完全に凍結していて一部の粒子が運動できるという意味でいわゆるランダムピン系によく似た状況が実効的に生まれているのではないかと感じた.

ランダムピン系も超低温状態の"平衡ガラス"を実現するために有効な手法と知られているので,これらの2つの手法が似たような状況になっていたというのは非常に興味深かった.

(筆者はランダムピン系に言及してなさそうだったので,全然別物と捉えているのかもしれない)

 

また,この記事で紹介したこの論文では今回のような「その多分散系,特殊なんじゃないの?」という指摘をかわすために頑張ってSwap Monte Carloが有効になる3成分系を見つけ出し,その系での検証を行ったように思う.

今回のarXiv論文でなされた検証をこの3成分系でも行ってみると,今回発見されたサイズ依存性が多分散系特有の性質かどうかがクリアに検証できるのではないかと思う.

 

 

[2302.09770] Gel-like granular materials with high durability and high deformability

以前お聞きして気になっていた話なのではないかと思うが,なぜかarXiv上でPDFが生成できず読めない...

悲しい...

 

 

[2302.09675] Dynamic phase transition induced by active molecules simulating a facilitation mechanism in a supercooled liquid

Active粒子を入れて過冷却液体の性質を調べてやろうという研究?

発想が面白い.

特に数値計算の場合は確かに,外力駆動のmacro/microrheologyである必要がないか.

 

 

[2302.09439] Emergence of synchronised rotations in dense active matter with disorder

かの有名なVicsek氏の新作.

Active matter系にquenched disorderを入れてみたという話.

 

[2302.09109] Hairygami: Analysis of DNA Nanostructure's Conformational Change Driven by Functionalizable Overhangs

オリガミに対抗してヘァリガミということか...

DNAオリガミの話を初めて聞いたときは感動したのを覚えている.

毛を生やしておいて追加のfunctionを持たせようという話か?

 

全然関係ないけどDNAオリガミと同時期に「超臨界状態で油と水混ざるようにしたらナノ粒子にポリマー植毛できてワロタ」という話も初めて知って感動した.

ちなみにこの話の動画があった.

阿尻先生の声かっこいい.

 

 

[2302.09406] ænet-PyTorch: a GPU-supported implementation for machine learning atomic potentials training

タイトルをなんと読むのかわからないが,今後大事になるかもしれない機械学習ベースの粒子間ポテンシャル表現機的なものの話っぽい.

ライブラリを公開している訳ではなさそう??

ニューラルネットワークで粒子間ポテンシャルを表現しような!ということらしい・